「お茶を、産業として残したい」
堀口製茶の事業内容とビジョンを教えてください。
堀口製茶は鹿児島県志布志市に拠点を置き、お茶の生産から販売までを一貫して手掛けています。創業は1948年。私の祖父が緑茶と紅茶の生産を始めたのが堀口製茶のスタートで、私は3代目です。販売は別会社として立ち上げた和香園が担っており、私は堀口製茶と和香園、両方の代表をしています。
堀口製茶が大切にしているビジョンは、日本のお茶を産業として残していくことです。国内ではお茶の市場は縮小の一途をたどっています。一方、海外では抹茶を中心に注目度が高まっており、海外の人に日本のお茶を知っていただく機会を増やすことで、お茶の産業を残していきたいと考えています。
子どもの頃から、「家業を継ぐ」と考えていたのでしょうか?
子どもの頃は「何となく、継ぐのかな」という程度で、明確に社長になろうと考えたのは、社会人になってからです。大学3年生のときにアメリカに短期留学をして、卒業後は伊藤園に入社。農業技術部で生産指導などを担い、4年間働きました。その後、2010年4月に堀口製茶に入社しました。事業拡大の立役者である先代の父はチャレンジ精神に溢れる経営者で、堀口製茶の生産規模をここまで大きくしたのも父の功績です。今も私が何か挑戦しようと思うと実はすでに父がトライしていた、ということも多々あります。一緒に働きながら多くのことを学びました。父が体調を崩したのをきっかけに2018年7月に堀口製茶 代表取締役副社長と、和香園 代表取締役社長に就任しました。
鹿児島堀口製茶有限会社 代表取締役/株式会社和香園 代表取締役社長 堀口大輔氏
現在、お茶を取り巻くマーケットはどのようになっているのでしょうか?
先ほどもお伝えした通り、日本のお茶の市場はどんどん縮小しています。例えば、お茶の産地である静岡県では、この2年間で毎年約500ヘクタールずつ、栽培面積が減少し続けている状況です。
ほとんどの方がお茶イコール、ペットボトルという印象で、特に急須で入れるお茶の消費量が減っています。伊藤園さんを筆頭に、飲料メーカーが生産するペットボトルのお茶の販売量は、現状維持、あるいは微増となり、厳しい状況が続いています。一方で、抹茶の海外への輸出量は年々伸びています。農林水産省は2025年までに緑茶輸出額312億円を目標としていましたが、2024年1月~11月の段階でこれを上回りました。そのうち、抹茶を含む「粉末状緑茶」は239億円と大半を占める結果となりました。その背景には、抹茶が体にいいことや、日本食や日本のアニメ・漫画の人気との相乗効果によって伸びていることが考えられます。
堀口製茶の海外展開も同様の傾向があるのでしょうか?
私たちは販売会社の和香園から、13カ国に輸出販売しています。ドイツ、フランス、イギリスなどの欧州や、カナダ、アメリカ、メキシコなどで販売しており、販売量が一番多いのはドイツです。アジアでは台湾と、最近はタイでも販売を始めました。当社の製品でも、やはり抹茶が人気ですね。和香園では、海外の売り上げが毎年20%ずつ伸びている状況です。
今までとは違うお茶の売り方を、新しい仲間と
海外が好調とはいえ、産業を残していくためには国内のマーケットも盛り上げないといけないかと思います。そのために何か取り組まれていることはありますか?
コロナ禍では外食産業が大きな打撃を受けましたが、コロナ禍が明けてからは、人々の嗜好が少しずつ変わっているのを感じています。例えば、アルコールを含まないカクテル「モクテル」や、リキュールやフレーバーシロップを使わない新しいカクテル「ミクソロジー」としてのお茶、あるいは焼酎をお茶で割って飲む「お茶割り」などが様々な飲食店で人気メニューになっています。
これまで、外食におけるお茶は“無料で飲むもの”と認識されがちでしたが、こうした付加価値をつけることで、特別な飲み物としてお茶を提供する文化が根付きつつあります。堀口製茶のお茶も、そうした外食のシーンで楽しんでいただく機会を増やすよう取り組んでいます。
日本茶AWARD2023 深蒸し煎茶部門でファインプロダクト賞を受賞した『緑茶伝説 -極-』。堀口製茶が運営する「大隅のお茶の全て」を伝えるショップ『大隅茶全』で展開する、鹿児島伝統の深蒸し製法で丹念に仕上げた「緑茶伝説」シリーズの中でも最上級品となる逸品
例えば、すし店や天ぷら店などで「堀口製茶のお茶割り」と当社の名前をメニューに入れていただける店舗が増えています。また、当社は茶葉の生産を主体にした会社ではありますが、個人消費者向けの製品開発もしています。その中で、お茶の産業を残したいという思いに共感してくださる企業とのコラボレーションにも力を入れています。一例としては、東京の「ホーカスポーカス」というドーナツ店とコラボしてお茶入りのドーナツを開発しました。ホーカスポーカスと大隅茶全の店舗で販売したほか、ドーナツに合うお茶の提案もし、お茶を知っていただく機会を増やしました。
また、今進めているのが、ハチミツを主原料にした「ミード(蜂蜜酒)」というお酒の開発です。当社が生産する深蒸し煎茶の「ゆたかみどり」、ウーロン紅茶、アールグレイの3品種を使ったミードを作って販売します。滋賀県のミードメーカーのアンテロープとプロデュース会社と当社の3社で進めています。
他にも、2024年9月に出会った医師の方が運営するサウナ「ぬかとゆげ」とのコラボレーションも企画しています。そこは学術大賞も受賞されている施設なのですが、サウナ内でアロマ水などによる蒸気を発生させる「ロウリュ」に、堀口製茶のお茶を使ってもらい、サウナドリンクとして、リラックス効果のあるテアニンが豊富に含まれる、水出しした緑茶を出す予定です。さらに、ととのうタイミング(水風呂を出て休憩する時間)では茶香炉でお茶の香りを立てると通常以上にととのう効果が出るのではないか、と先生に提案しました。こうした効果について、もし医学的なエビデンスとなるデータをそろえることができれば、お茶×サウナに唯一無二の価値が生まれるはずですし、インバウンドのお客様にこうした体験をしてもらえれば、「日本のお茶」がより強く記憶に残るはず、との狙いもあります。
様々なコラボレーションに取り組まれていますが、思いを同じくする仲間たちとの出会いはどのように開拓されているのでしょうか?
産学連携で農林水産業の課題を共有し交流を深める「ONE SUMMIT(ワンサミット)」など、イベントに参加して出会うことが多いですね。常に社外に出て新しい事業を探索するのが社長の仕事だと思っています。ただ、イベントに参加しただけで満足していては、ネットワークは広がりません。どんなネットワークを広げたいのか、また自社だけのことを考えるのか、地域のことを考えるのか、産業全体を考えるのか。自らの参加する姿勢によって、次の一歩が変わってきます。
お茶の世界に限定すると狭くなってしまうので、街づくりや地方をテーマにしたイベントなど、お茶とは直接関係ない業界でネットワークを広げていくことも意識しています。協業する際に大事にしているのは、お茶を産業として残したいというミッションから外れないこと。自社のことしか考えていないような会社とは一時的にはうまくいったとしても、どこかで必ずひずみが生まれてしまいます。
相手に伝わるのは、2割。だから、視座を合わせて「伝わる」まで何度も伝え続ける
広報活動にも力を入れていますが、それはなぜでしょうか?
まず、私自身が堀口製茶に入社して身をもって感じていることなのですが、たとえ一生懸命に発信したとしても、実際のところ、相手には2割程度しか伝わらない。そう思っているからこそ、「伝え続ける」ことを大事にしています。伝えたい相手と伝えたい内容をきちんと自分自身が理解し、伝えたい相手との視座を合わせた伝え方を意識することが大切だと考えています。人それぞれが持つ文化や経験値は違うものです。正しい、正しくないではなく、どこから見ると伝わるのかを考え、目線を合わせることが大切だと思っています。
堀口製茶が『「大隅のお茶の全て」を伝える』べく、宮崎県都城市に構えるショップ『大隅茶全』。大隅で生産された自社の種類豊富なお茶とそれぞれの楽しみ方を、物販とティースタンド、「茶の場」で表現する。お茶のある暮らしがもたらす心の豊かさを伝える場として、新たなお茶の文化の創出を目指している
堀口製茶は地方の中小企業で、認知度が高いわけでもありません。当社のお茶を買ってもらうには、知ってもらい、好きになってもらう必要があります。中小企業でもSNSを活用すれば、そのチャンスが十分にあります。例えば、社外へ商品をPRする場合には、お茶をあまり知らない人と、すでに当社のお茶を好きでいてくれる人、それぞれに向けた2軸で発信します。当社を知ってくださっている人に対しては、新製品や新しいプロジェクトなどの告知をメインに。お茶そのものや、急須で入れるお茶をご存知ない人に対しては、お茶とは全く違う業種とコラボレーションをして、「お茶×スポーツ」といった文脈で発信します。例えば、地元のスポーツチームや地元出身の選手のスポンサーになったり、一緒に動画をつくったり、プロレスラーの宇宙超人ミノワマンD・Z(以下、ミノワマン)とコラボして茶畑でトレーニングする映像を流したりと、間口を広げて興味を持ってもらえるような工夫をしています。ミノワマンとのコラボのきっかけは、当社のYouTube制作の一部を依頼している、知り合いの映像プロデューサーの紹介でした。ミノワマンが40代という私たちの世代にぴったりなのと、お茶を知らない層に当社を知ってもらえる機会になるということでコラボしました。
社内での広報活動でも何か工夫されていますか?
社員向けのインターナル広報に関しては、ミッションやビジョンをそのまま社員に伝えても、なかなか伝わりません。少しでも社員に仕事の意義を感じてもらうために、「こんなお店で取引が始まりました」「高校で出張授業をしてきました」など、日々起こっていることを直接、私から自分の言葉で、社員に向けてLINEのグループチャットや、社内活性用ツールなどでタイムリーに伝えています。
とはいえ、私1人で社内外両方の広報すべてを担うことはできません。ですので、現在、兼務を含めて社内の広報メンバーが4人います。加えて、広報活動や動画制作などをサポートしてくれる社外パートナーの力も借りています。
最後に、今後の展望をお聞かせください。
今後さらに、堀口製茶のお茶を海外に売り出していきたいと考えています。今、フランス・パリの事業パートナーとともに新商品を開発しているところで、これからヨーロッパ向けに展開していく予定です。
また、日本お茶割り協会のアンバサダーに就任しているのですが、お茶のカクテルで飲食店と茶産業を盛り上げる活動もしています。2025年3月にはその名前を冠してアメリカ・ラスベガスに行き、お茶の認知度を拡大するために、現地のハードリカーとお茶を組み合わせたカクテルを提案してきました。
日本のお茶がこれからも産業として残っていくためには、国内の生産量が少ない抹茶だけでは難しいと思います。生産量の多い煎茶も海外にもっと売り出していきたいと考え、粉末緑茶「あらびき茶」の海外展開にも力を入れています。この製品は、ミラノの五つ星ホテルに採用されました。こうした実績を足掛かりに、どんどん世界で広げていけたらと思っています。
とにかく挑戦し続けるしかありません。そして社内向けの広報活動においては、どうしたら働いている人たちに会社の思いを負担なく伝えることができるのか、きちんと向き合うことです。労働人口が減少していく時代において、その思いを伝えて、やりがいを感じながら働き続けてもらうことがとても大事だと思っています。
■プロフィール
堀口大輔(ほりぐち・だいすけ)
鹿児島堀口製茶有限会社 代表取締役
株式会社和香園 代表取締役社長
1982年鹿児島県志布志市生まれ。明治大学経営学部卒業後、株式会社伊藤園に入社。2010年、鹿児島堀口製茶と和香園に入社。2018年7月、鹿児島堀口製茶有限会社の代表取締役副社長、株式会社和香園 代表取締役社長就任。2024年9月より、一般社団法人日本お茶割協会のアンバサダーを務める。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:日経BPコンサルティング