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老舗企業の社内新規事業からスピンオフしたスタートアップ。ニューヨークを拠点に「誰もがブランディングできる世界」を目指す

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牛島美笛

ライター

概要

老舗フォントベンダーのモリサワの新規事業部門としてスタートし、2019年に同社からスピンオフしたZeBrand。ニューヨークを拠点として、「世界中のあらゆる方々へブランディングを届ける」というミッションのもと、チャレンジを続ける同社ファウンダーの菊池諒氏に、スタートアップや企業の新規事業部門がブランディングする際のポイントを聞きました。

      アメリカ留学で気づいた
      ブランディングの価値

       

      ――まずは、ZeBrandが提供しているサービスについて教えてください。

      スタートアップ企業や新規事業チームなどをターゲットに、ブランディング構築をオートメーションでサポートするwebサービスを展開しています。企業名や業界などの基礎となる情報のほか、ビジョン、ミッション、コアバリューなどを入力すると、独自のアルゴリズムとAIが企業のキャラクターなどを解析し、その企業やブランドに合ったカラーやタイポグラフィなどをまとめたブランドガイドラインやブランドアセットを生成します。

      ブランド戦略構築のためのオリジナルのフレームワークや、オートメーション対応が難しい部分については、ブランドストラテジストと呼ばれる専門家によるアドバイスが受けられたり、適したブランドデザイナーやブランディングエージェンシーへの外注の橋渡しをしたりするなど、人を介してサポートするプランも用意しています。

      ――モリサワの社員として、どのようなきっかけでZeBrandを設立するに至ったのでしょうか。

      2012年、モリサワがグローバル戦略のために創設した留学制度の一環として、アメリカ東海岸にあるロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)という名門美術大学に、リサーチフェローとして1年間留学させてもらったことが大きな転機になりました。当時のモリサワは国内市場を主軸に据える体制でしたが、グローバル展開を見据えていた森澤社長から直接打診をいただく機会があり、是非とも挑戦したいと即答し、その日のうちに英会話学校に入学しました。というのも、当時は英語が苦手でTOEICのスコアが285点しかなかったもので(笑)。

      そして、RISD留学後に社内でいくつかの部門を経験した後、グローバルな新規事業創出に向け、2カ月ほどニューヨークを拠点にアメリカのブランディングエージェンシーやデザイン市場をリサーチさせてもらう機会を得ました。Google社やAdobe社のようなフォント業界外の大企業が、フォントサービスを提供しているグローバル市場では、フォントビジネスという枠組みだけで戦うことが難しいことを理解しました。

      そして、本来「文字を通じて社会に貢献する」がモリサワの社是であるのなら、フォントという製品ドメインを追求することも重要だが、より本質的に「文字」を中心に据えたビジネスを再定義することができるのではないか、と考えました。経営陣にも「モリサワの新しい柱となるような新規事業が必要です」と提案し、ZeBrandの前身となる新規事業部門をモリサワ社内に立ち上げました。

      ――その頃から今のようなビジネスを意識していたのですか。

      フォントが好きでモリサワに入社したくらいですから、留学当初は「次世代のデジタル環境におけるフォントの未来をつくりたい」という思いでした。しかし、RISDでデザインやアートについて学ぶ中で、学長やメンターである教授陣に何度も何度も「君が本当にしたいことは何なんだい?」と尋ねられるうちに、「本当に人生を懸けてやりたいことはフォントの未来をつくることではないかもしれない。自分にしかできないことは何だろう」と考えるようになったんですね。

      また、当時のRISD学長のジョン・マエダさんが掛けてくれた一言が、その後の私の人生を変えました。それは学長室での最終発表を終えた時のことです。私がRISDで学び培った経験を6つのコンセプトに分け、触れられるプレゼンテーションデッキとしてつくった作品と共に行った最終発表を見たジョン・マエダさんは「一人の人間が世界を変えることは可能だ。君はその世界を変える一人になれるんだよ」と言ってくれたのです。この時から、自分自身のために生きるのではなく、社会にインパクトを与え、世界をより良く変えるために何ができるのだろう、と考えはじめました。

       


      Rhode Island School of Design(RISD)最終発表での菊池氏

       

      ――ニューヨークを拠点にビジネスを始めたのはなぜでしょうか。 

      私たちZeBrandのミッションである「世界中のあらゆる方々へブランディングを届ける」を実現するには、ブランディングやデザインリテラシーの高いエリアやユーザに受け入れられなければ、世界中に届けることが難しいと考えたからです。

      RISD留学中に出会った同級生や卒業生の中には、ニューヨークの有名なブランディングエージェンシーに所属している人なども多く、優秀なブランドストラテジスト、ブランドデザイナーとのネットワークを活かせるということもありました。

       

      スタートアップこそ
      ブランディングが大切

       

      ――改めて、ご自身が考える「ブランディング」とは何か、教えてください。

      「ブランディング」とは、“認識されたい姿と認識される姿を、よりポジティブな認識で一致させる活動”だと考えています。そのために、まず認識されたい姿や今の自分たち(企業やブランド自体)をじっくりと考えることが大切です。それらを届けたい相手と、どうコミュニケーションするかをビジュアライズしたものが、ブランディングの表現となるもの。そう考えていくと、自分たち自身(企業やブランド自体)の中に、すべての答えはあるのだと思います。

      ――スタートアップをターゲットとしているのはなぜでしょうか。

      従来のブランディングのプロジェクトは、グローバル企業が大手ブランディングエージェンシーに依頼し、数千万円から数億円ものコストと数年単位の時間がかかるプロジェクトを立ち上げることが一般的です。しかし、スタートアップや企業の新規事業部門は、ブランディングエージェンシーやデザイン会社へ依頼する資金や時間的な余裕がありません。そうした発想に至ることすら稀なのが現状です。

      ファウンダーには強いビジョンや想いがあるものの、チームの成長と共にメンバー内で共有されていないという悩みもよく耳にしました。また、最先端の技術を持っているのに、ビジョンが明確でないために差別化ができない。そんなスタートアップやプロジェクトの始動時こそ、企業の土台となるブランディングのサポートが必要だと、自分たち自身を振り返ってもそう思うのです。

      加えて、従来のやりかたでは、一度の大きなブランディングプロジェクトを経て、数十年続くようなブランディングがいいものだとされてきました。しかし、デジタル領域など外部環境がどんどん変化する状況においては、その時代、そのシチュエーションに合わせてブランディングも変わり続けなければいけません。スタートアップであればなおさら、組織の成長や方針転換、外部環境の変化にともなった柔軟なブランディングが求められます。そのようなさまざまな変化に対応するためにスタートしたのが、おそらく世界で初めてとなるブランディングのサブスクリプションでした。

      ――ZeBrandが提供するサービスへの反応はいかがでしょうか。

      おかげさまで、現在はアメリカを中心に、カナダ、オーストラリア、イギリスなどの150カ国以上に約6万5千ユーザがいます。そのほとんどが英語圏で、日本向けのサービスは2021年8月にスタートしたところです。弊社はSXSW(サウスバイサウスウエスト)やWeb Summit(ウェブ・サミット)などの海外カンファレンスに登壇させてもらうことが多く、そのような場で、海外事例をリサーチに来た日本の大企業の新規事業チームに知っていただくケースなども増えています。

       


      SXSW Pitchファイナリストとして登壇し、多くの注目を集めた

       

      その一例にあたるJR東海様のイノベーションチームにもZeBrandを利用いただいているのですが、ピッチデック(プレゼンテーションテンプレート)のカスタマイズをお手伝いしたところ、本社の方たちも興味を持ってくださるようになりました。

       


      ZeBrandを活用したブランディング事例(JR東海イノベーション推進室のカスタムピッチデック)

       

      ――現在は企業や部署など組織単位のサービスを中心とされていますが、今後は個人向けのブランディングも重要になっていくのではないでしょうか。

      そのとおりだと思います。現在は組織をメインターゲットとしていますが、コーポレートブランディング、プロジェクトブランディングと並んで、パーソナルブランディングという階層でもサービスを利用いただくケースもあります。

      今後ますます普及するDAO(Decentralized Autonomous Organization、分散型自立組織)の概念に基づくWeb3などの世界では、特定の組織のみに属さない個人が、ブロックチェーン上で複数かつさまざまなコミュニティと関わりながらプロジェクトを推進することになることを想定しています。そうなった時に、ZeBrandが価値を提供できると考えています。プロジェクトごとにビジョンを可視化しコミュニティを形成、コアバリューをZeBrandで保有して整理することで、その個人や組織の自分らしさを使い分けたり横断したりして管理できることでも支援が可能だと考えています。 

       

      確固たるビジョンのもと
      コアバリューは変化していい

       

      ――ご自身の組織づくりにおいて重視していることは何ですか。

      私たちのビジョンは「Brand Your Way」。「すべての人が自分らしさを発揮して、それらを認め合える世界をつくる」ということです。このビジョンに賛同し、メンバー自身も自分らしくあることを目指し、採用ではバリューを共有できる人であるかどうかを、もっとも重視しています。

      そして、「Brand Your Way」を目指していくため、「Brand new value」「Having fun」「Growth mindset」「Respectful communication」「User appreciation」という5つのコアバリューを定めました。このコアバリューはメンバーみんなで考えて、選んだ答えとなります。

      コアバリューは固定ではありません。新しいメンバーが入ったら、そのメンバーを加えてまた検討し、少しでも違和感がないように、全員がコミットできるコアバリューをつくり直すというプロセスをとっています。コアバリューは関係するメンバーが変われば変わっていいのです。

       


      Brand your wayというビジョンのもと集まったZeBrand日本メンバー

       

      ZeBrandの「Ze」には3つの意味が込められています。まず、「ゼロから一をつくる(Zero to One)」の「Ze」です。そして2つ目が、諸説あるのですが、多様性を尊重する意味合いを込めて"She" He" They"などに代わってあらゆる三人称としても活用のできる"Ze"に由来する「Ze」で、「あらゆる方々に届けたい」という思いを込めました。

      3つ目は、Z世代の「Z」です。新規事業の可能性を調べるためにニューヨークでリサーチをしていた2017年頃から、アメリカ経済の中心になるとされていたZ世代の考え方や働き方に注目してきました。そんな彼らがプロジェクト単位でどんどんビジネスを立ち上げていくのを目の当たりにして、数カ月間のプロジェクトの際にもすぐに使えるブランディングのアラインメントを整えられる仕組みがあればいいなと感じたことがZeBrandスタートのきっかけにもなっています。

       

      イントレプレナーとして
      よりチャレンジングなほうへ

       

      ――企業内スタートアップ、イントレプレナーとして起業する際に、考えるべきことはありますか。 

      アントレプレナーとイントレプレナーとでは、どちらも厳しく困難な道であることに変わりはないのですが、考え方やスキルセットがまったく異なると考えています。自身で起業するアントレプレナーの中から世界を変えるユニコーン企業(設立10年以内で評価額が10億ドルを超える非上場企業)が誕生した実例や成長シナリオは多くありますが、歴史ある企業からのイントレプレナーとしてユニコーン企業に至った成功事例が思い当たりませんでした。自分としてはイントレプレナーとしての挑戦の方がイノベーターとしても魅力的であり、チャレンジングであると感じました。

      私自身は過去に前例のない領域への挑戦やチャレンジングだからこそ多くの学びと楽しみがあり、自分らしさを感じながら成長することができました。しかし、歴史ある企業からイントレプレナーになる方には、既存の概念や過去の成功経験から抜け出しにくいというジレンマがあり、賢く優秀な方であるほどその傾向が強いように感じています。また、社内の一事業としてスタートする必要がある以上は、その企業の戦略や方向性を合わせ、経営陣からのコミットメントが得られないと新しいことにすらチャレンジできないので、立場としては受け身となることが多いですが、そこに意志やビジョンが無く、受け身のままで新規事業がつくれるはずがないとも思っています。

      やはり新規事業として進むからには、能動的に働きかけ、経営陣にも目指す方向性をコミットしてもらう必要があります。本当に幸せにしたい相手は誰で、その人たちに価値を提供するためにどうするのか、根本となる部分については未来を見据えた戦略的な意図や既存事業との整合性をとるなど、時にアントレプレナー以上にしっかりした土台、まさしくブランド戦略が不可欠です。根本が欠けたまま動き出してしまう前に立ち止まって、経営陣としっかり話し合い認識を合わせる必要もあるかと思います。

      ――イントレプレナーだからこその難しさがあるということですね。

      そうですね。アントレプレナーには、資金調達やステークホルダーとの関係構築、マネジメントなど、乗り越えなければいけない課題がもちろんたくさんあります。イントレプレナーは、同様の課題をクリアできていることもありますが、一方で所属していた会社のビジョンや既存事業とのシナジーを考えて進んでいるのだということを伝え続けなければいけません。

      私自身のことを振り返っても、正直、当時、既存事業の8割くらいの方には理解してもらえていなかったと思います。それも仕方のないこと。個人それぞれの信条や正義、方向性があり、部署ごとに明確なミッションがあるのですから。そのすぐ近くで、不確実な状況の中で新しい製品やサービスを生み出すべく、何をやっているかわからない新規事業があれば、ちゃんと数字がつくれているの?という気持ちにもなることも理解できます(笑)。

      それでも、会社のビジョンに基づいた活動であることやシナジーを伝え続けるということが大切なんです。

      ――逆に、伝統とブランド力のある企業のイントレプレナーとして起業した強みはありますか。

      私の場合、とても恵まれていたことに新入社員の時から経営陣と話す機会も多く、業務や留学での経験を通じても関わりがあって距離がとても近く、経営課題やグローバルに懸ける想いを直接聞く機会もありました。また、グローバル展開に伴い、海外リサーチや業界内外の現状を直接報告する機会もいただき、最終的に社長直轄の特別プロジェクトを立ち上げる機会をもらえました。

      大企業の新規事業部門の方々と話す機会があるのですが、社内で話を通すことに苦労されているといった課題をよく耳にします。経営陣や組織の強いコミットメントがなければ新規事業はうまくいくはずがなく、そのコミットメントが弱い組織はやはり難しそうだな、と感じることも多くあります。逆に強いコミットメントと共に新規事業部門が立ち上がっている組織は、既に頼もしい味方がいて、さらに既存事業の隣接市場を狙えたり、リソースを活かして闘えたりするのがイントレプレナーの強みであるはずです。社内の経験やリソースを活かしつつ、新しいことに挑戦することを楽しめるようになれば、一気にプラスに転じると思います。

      ――イントレプレナーとしてZeBrandを立ち上げ、多くのスタートアップをサポートしているご経験を踏まえ、これから事業を立ち上げたいという方々に向けたアドバイスをお願いします。

      私たちがユーザの皆さんにも一貫して伝えているのは、ビジョン、ミッション、パーパス、バリューをとにかく大事にしてほしいということです。自分たちが迷わずに納得できるビジョンがあれば、同じ思いで一緒に進んでくれる仲間が集まります。

      忙しい時や来月の売り上げは大丈夫かなと考えてしまう時など、目先のことに目が向いている時ほど、慎重になることが必要です。たとえ困難に直面しても、答えが自分たち自身の中にあるのだとわかっていれば、自分もチームもお互いに鼓舞し合うことができます。

      世界を変えるような仕事は簡単には成し遂げられませんが、必ず同じ志の仲間はいます。我々も事業を通じて、そうした方々を応援していきたいと思っています。

       

      ■プロフィール

      菊池 諒(きくち・りょう)

      ZeBrand Inc. / 株式会社ZeBrand  Founder / CEO

      2008年に国内フォント業界最大手のモリサワに新卒入社。営業本部を経て、2012年に米国の美術大学Rhode Island School of Design(RISD)にリサーチフェローとして留学後、経営大学院にてMBAを取得。フォント・アプリ部門を経験した後、2017年に新規事業部門を設立。イントレプレナー(社内起業家)として新規事業ZeBrandを立ち上げ、2019年10月にZeBrandをモリサワからスピンオフし米国法人と日本法人を同時設立しCEOに就任。SXSW Pitch2022にてファイナリストとしても登壇。

       

      ■スタッフクレジット

      取材・文:牛島美笛 編集:後藤文江(日経BPコンサルティング)

       

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      Published: 2022年7月7日

      Updated: 2023年10月17日

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