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メディア事業から「教育」へ。新たな領域に挑むカギは、自分をいかにリセットできるか

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榎並紀行

やじろべえ株式会社代表、編集者、ライター

概要

民間企業による教育事業への参入が活性化し、教育とオンラインをかけ合わせたEdTechと呼ばれる分野にも注目が集まっています。
株式会社CINRAの代表である杉浦太一氏は、2020年に新たな教育事業「Inspire High」を立ち上げました。その後、分社化し、まったく新しい教育系スタートアップとして資金調達を行うなどイチから土台を構築。10代を対象にしたEdTechプログラムは話題を呼び、すでに学校教育の現場にも導入されているといいます。
15年以上にわたり、メディア運営やクリエイティブ事業に携わってきた杉浦氏が「教育」への参入に挑戦する背景にあった、学生時代から抱き続けた「人をインスパイアしたい」という強い思い、情熱とは。

      10代と世界中の想像力をつなぐプログラム

       

      ――まずは、Inspire High(インスパイア・ハイ)について教えて下さい。

      10代を対象にした新しいEdTechプログラムで、オンラインセッションでさまざまな大人の生き方にふれ、10代と世界中の創造力をつなぐことをコンセプトにしています。セッションのガイド役は国内外で科学者、宇宙飛行士、アスリート、ミュージシャン、詩人、政治家、環境保護活動家、消防士、ドラァグ・クイーンなど多岐にわたる分野でクリエイティブな活動をされ、活躍されている方々です。主に学校などの授業で教材として使ってもらうことを想定しています。

       

      10代と世界中の創造力をつなぐオンラインセッション「Inspire High」

       

      ――セッション内容、ガイドともにじつに多彩ですね。

      はい。昨年からは国内だけでなく、台湾のIT担当大臣 オードリー・タン氏やケニアのマサイ族長老 エマニュエル・マンクラ氏など海外の方々にもガイドを務めていただいています。

      ガイドをお願いする方の共通点は3つあります。まずは、10代がインスパイアされるようなストーリーを持っていること。次に、これまでのルールに縛られず自らの意思でクリエイティブに生きていること。そして、10代とフラットな目線で対峙してくれること。特に3つ目が重要で、10代の意見を尊重しお互いに敬意を持ってセッションしてくれる方であることが望ましいですね。逆に「若いときはこうすべきだ!」「みんな起業すればいいんだ!」といった極端な意見の押しつけにつながりかねない人選は避けたいと考えています。

      10代って、相手がどう自分と対峙しようとしているか、すごく敏感に感じとるんです。仮にガイドがマウントをとるようなコミュニケーションをしてくると、心を閉ざして自由な発想や表現をしてくれなくなってしまいます。Inspire Highは大人が言いたいことを伝える場ではなく、あくまで10代の創造性を引き出すプログラムなので、そのコンセプトに共感し、理解してくださる方をガイドに招きたいと考えているんです。

      ――いままでCINRAなどのインターネットメディアを手がけてこられて、なぜ教育プログラムを立ち上げようと思われたのでしょうか?

      たしかに、メディアの人間がいきなり教育というと唐突に感じられるかもしれません。しかし、「誰かをインスパイアしたい」という点では、メディアも教育も変わらないと考えています。私が大学生のときにCINRAを創業したのも、メディアを通じて人と人をつなぎ、自分を含めた受け手が新たな世界を知ったり、異なる考え方を知るきっかけを届けたいという思いがあったからです。その思いは学生の頃からずっと変わらず、いまも私が事業を行う原動力であり続けています。

      また、教育にはずっと携わりたいと思っていました。長い人生のなかで、変化のダイナミズムが最も大きいのは中高生の時代です。自分自身を振り返ってみても、10代の頃に出会った先生や大人たちが語りかけてくれた一つひとつの言葉によって「生かされてきた」という実感があります。しかし一方で、そうした大人によって当時の自分が大切にしていたものが失われてしまった経験もあり、良い経験も悪い経験も鮮明に覚えているんです。この時期の経験が、自分自身の価値観の形成にも大きな影響を与えました。

      実際、最新の脳神経科学の研究でも、13歳から19歳の経験はその後の人生における決定的な記憶や体験になるという結果が出ています。この時期に、少しでも多くの可能性にふれる機会を得ることは、人にとって意義深い経験になるのではないでしょうか。

       

      多様な顔ぶれのガイド

       

      クリエイティビティーは大切。しかし過度にもてはやさない

       

      ――文部科学省が告示する教育指導要領に基づきカリキュラムが組まれ、全国の子どもたちが一様に同じことを学ぶ日本の教育システムでは、なかなかクリエイティビティーが育ちにくいところもあるのでしょうか?

      そうした一面はあると思います。そもそも現在の教育システムの大元は産業革命時代に設計されたもの。端的に言ってしまえば、工場でより効率的に生産性を発揮できる人間を生み出すことを目的としていました。その後、時代に合わせてマイナーチェンジされてきましたが、根本の教育思想に劇的な変化はないと思います。

      全員が一定の学力を効率よく身につけるための養成機関だと考えれば、最適なシステムかもしれません。しかし、これまでとは社会が変わっています。より社会的な視野や、創造力や課題解決力などが社会人として大切な要素の一つになりえるこれからを考えると、既存のカリキュラムだけでクリエイティビティーを育むのは、難しい点もあるのではないかと思います。

      ――「クリエイティブ・クリエイティビティー」という言葉をよく耳にするようになりましたが、捉え方は人によって違うと思われます。杉浦氏はどう定義されていますか?

      そこは、Inspire Highを立ち上げる際にも議論を重ねました。結果、我々が導き出したクリエイティビティーの定義は「日々感じる違和感やモヤモヤを発見することができ、それを解消したり、もっとよくなる方向へ向かうためのアイデアを考え、実践していくこと」でした。つまり、「気づき」「考え」「行動する」この一連のことを実践できる人がクリエイティブな人なのだと思います。

      それは、アーティストなどの表現者やものづくりをしているクリエイターに限らず、あらゆる職種に適用可能な要素ではないでしょうか。ルーティーンワークのように思える仕事にも、どこかに効率化や顧客の満足度を高めるポイントがある。すべてのフィールドにおいて、クリエイティビティーが発揮される可能性はあると思います。

      ただし、一方で注意しなければならないのは、クリエイティビティーを絶対的なものにしないことだとも思います。よく「21世紀型スキル」とも評されますが、「これからの時代を生き抜くためには、クリエイティビティーがないと通用しない。AIに人間の仕事は奪われてしまう」といった脅迫めいたレトリックは避けるべきだと考えています。そうなってしまうと、結局は偏差値の代替に過ぎませんし、「君にはクリエイティビティーがないからダメだ」と言われることは、ある意味では学力以上に人の存在を揺るがすほどの否定にもなりかねないと思うからです。そもそもそんな乱暴なことを言える権利がある人はどこにもいないわけですが、教育という場にクリエイティビティーが持ち込まれたときに、気をつけないといけないことだと思っています。

      Inspire Highでは、あくまでこれからの人生をよりよく、自分らしく生きるための要素の一つであることを伝えたいと考えています。ですから、ガイドの方も「こんなふうに生きなきゃダメ」でも「クリエイティブになりなさい」でもなく、「自分の意思で(クリエイティブに)生きると楽しいよ。素晴らしい世界が生まれるよ」といった語りかけをしてくださる方にお願いしたいと思っています。

       

      一つのきっかけで若者の意識は大きく変わる

       

      ――すでに小中高、大学での導入実績もあるということですが、学生のみなさんからの反響はいかがでしょうか?

      現在、私立・公立問わず、複数の教育機関で小学5年生から大学1年生までの授業の教材として活用いただいています。「おもしろかったか」「やりたいこと、価値観を振り返るきっかけになったか」といったアンケートに対し、体験した約9割からポジティブな回答を得られています。

      さらに、興味深いのは授業を受ける前と後では、子どもたちの「国」や「社会」に対する意識の変化が見られたことです。

      2019年に日本財団が9か国の17歳から19歳の各1,000人を対象に行った意識調査では、どのスコアも日本は他国に比べて軒並み低かったんです。例えば、インドでは「自分で国や社会を変えられると思う」という若者が83.4%であるのに対して、日本はわずか18.3%です。また、「将来の夢を持っている」という若者も9か国中で日本は最下位でした。しかし、Inspire Highを使った授業を2コマ受けた3,500人の中高生に同じアンケートを実施したところ、すべてのスコアが上昇しました。

      日本財団の調査結果が報道された際、メディアからは「やはり日本はダメだね」と卑下するような論調も目立ちました。しかし、きっかけさえあれば日本の若者は変わります。というよりも、ほとんどがまだ社会に出ていない10代がこんなふうに思ってしまうのは、むしろ大人の側に責任があるのではないでしょうか。つまり、いかに大人が「将来への希望」や「社会に出ることの楽しさ」を若者たちに伝えられていないかを示す結果だったのだと思うんです。

      Inspire Highが提供したい価値、伝えたいこともそうしたことだと思っています。2コマだけでも上記の結果が出たので、一過性のイベントとしてではなく、年間を通したカリキュラムとして継続していくことで、10代の国や社会に対する意識も大きく変わっていくと思います。

       

      とことん自分と向き合い、ぶれない軸をつくり上げる

       

      ――一過性ではなく、継続していくことが大切な事業に取り組まれていますが、ご自身で意識されていることはありますか?

      学生時代から持っている「人がインスパイアされるサポートをしたい」という思いはもはや変えようにも変えられない軸になってしまっています。この根本のコンセプトは、それこそ自分が10代の頃、「人はなぜ生きるのか」「なぜ争いは終わらないのか」といった答えのない問いに対して、時間をかけて思考を重ねて生まれたものです。もちろん事業として行う以上、マーケットや社会構造の変化を読み、サービスの内容を軌道修正したり、アップデートしたりする局面は必ず訪れますが、ある意味でワガママに「これだけは曲げない」という軸を持つことが事業を継続する力になる。その軸ができるまで、とことん自分と向き合い続けることも大切なのではないかと思います。

      ――これからのInsipire Highについて教えてください。

      プログラム自体は、学校への見学や先生や生徒へのヒアリングも続け、日々アップデートしています。昨年9月からは国内だけでなくグローバルなガイドにも登場いただいています。コロナ禍によって途絶えてしまった世界との接点を子どもたちに提供したい思いもありましたし、学校側からの要望もありました。やはりグローバル教育やSDGs教育をしていくにあたって、実際に世界で活躍している人、活動の当事者に話を聞くことは何よりの刺激や学びになるはずです。

      まだ一年目ということもあり、まだまだ導入いただいている教育機関が少ないことは課題です。ただでさえカリキュラムが詰まっているなかで、新しい取り組みを取り入れることは簡単ではありませんが、意欲的な方々は、省庁にも、教育委員会にも、もちろん学校にもたくさんいらっしゃいます。そうした方々のお力を借りながら新たな学びのあり方を開拓していきたいと思っています。

      ――最後に、これから新たな分野の事業に挑戦したいと考えている経営者に向けて、ご経験をふまえたアドバイスをいただけますか?

      まだ成功したわけではないため偉そうには言えませんが、私が教育という新しい分野に挑戦する際に心がけていたのは「自分をどれだけリセットできるか」ということです。教育に限らず新たなフィールドに身を置く場合は、これまで積み上げてきたものの多くが通用しない。もちろん、15年以上も事業を行っていれば自分のなかのセオリーやポリシーはありますが、そのうちのどれを捨て、どれを残すかということを慎重に取捨選択しました。

      そのうえで、その道の先輩方にゼロから学ぶつもりで教えを請いました。まったく畑違いの分野にお邪魔させていただく身として、1年以上の時間をかけて国内外の教育関係者のお話をじっくりとうかがったことが、Inspire Highの土台になっていると感じます。そういう意味でも、これまでの自分をいかにリセットできるかが、新しい事業に挑む際にはとても重要なことなのではないでしょうか。

       

      ■プロフィール

      杉浦太一

      大学在学時にCINRAを創業し、2006年株式会社化、代表取締役に就任。「人に変化を、世界に想像力を」をミッションに、自社メディア『CINRA』の事業運営や、官公庁や地方自治体、大手企業のブランディングやマーケティングに従事。2020年、教育事業『Inspire High』を立ち上げ分社化。Business Insider主催の『BEYOND MILLENNIALS 2021』のCulture x Business部門でグランプリ受賞。第8期東京都文化政策部会専門委員。

      CINRA ※外部リンクに移動します

      Inspire High ※外部リンクに移動します

       

      ■スタッフクレジット

      取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:服部桃子(株式会社CINRA)

       

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      Published: 2022年1月13日

      Updated: 2023年10月18日

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