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売上の大半占める卸取引から撤退。1926年創業 甘納豆専門店・斗六屋4代目が「最高の判断」と振り返る理由―My Rules vol.6 前編―

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朝日新聞社ツギノジダイ編集部
概要

世の中には無数の「Rule」が存在します。「Rule」には、普遍的なものもあれば、流動的なものもあります。「時代に合わなければ、変えればいい。まだなければ、つくればいい」。経営者やスタートアップ、スモールビジネスオーナーはそうして自らのビジョンを信じて前に進み続けています。本企画〈My Rules〉では、「進もう、自分のやり方で」と既存の概念にとらわれず、自由な発想・新しいやり方でビジネスを展開されている方々のインタビューをお届けします。

今回は甘納豆の可能性を追求し、2022年10月、種のお菓子の新ブランド「SHUKA」(しゅか)を立ち上げた、京都市中京区にある1926年創業の甘納豆専門店、斗六屋(とうろくや)4代目の近藤健史氏にお話をうかがいました。家業を継ぐ気はなく京都大学の博士課程で微生物の研究をしていたという近藤氏がなぜ家業を継いだのか、ブランドの立ち上げに挑戦するまでの試行錯誤とは。

      研究者志望から家業へ
      節分祭で実感した甘納豆への恩

       

      ――もともと家業を継ぐつもりはなかったそうですね。

      斗六屋は曽祖母の近藤スエノが創業し、近年は数人の親族で営んできた小さなお店です。僕が中学生だった時、まわりから「甘い納豆なんて気持ち悪い」といじられてしまったという経験があるんです。多感な時期だったこともあり、実家が甘納豆屋なんて恥ずかしいと考え、家業とは長らく距離を置いてきました。

      考えが変わったのは研究者を志し、京都大学の博士課程で微生物の研究をしていた大学院生時代です。斗六屋は毎年、近所にある壬生寺(みぶでら)の節分祭に店を出します。斗六屋にとって、当時の年間小売売上高の8割を占めるほどの大イベントです。社会勉強のつもりで、その店を初めて手伝いました。

      すると3日間で2000~3000人が甘納豆を買って下さいました。地元の方にとって、お参りに行って甘納豆を買って帰るのが一つの文化になっていて、毎年楽しみにしてくれていたんです。「人に喜ばれる、いい仕事やな」と見直すきっかけになりました。

      同時に、甘納豆と交換でお金をいただくという経験をしたことで、「僕はこのお金で学校に行けてたんやな」と実感したんです。僕の大学院までの学費を当時の甘納豆の粗利で割ると、奈良の大仏と同じくらいの重さだと分かりました。それだけの甘納豆と交換で、僕はここにいると思うと、甘納豆に対してすごく恩があるなと。それで家業を継ぐ決心をしました。和洋菓子の製造販売をする「たねやグループ」(滋賀県近江八幡市)で、修行のつもりで2年間働かせていただいた後、2016年に斗六屋に入りました。

       

      壬生寺の節分祭への出店を手伝った時の様子。甘納豆に対する見方が変わるきっかけになった(写真右が近藤氏)

       

      薄利の卸からほぼ撤退
      怖かったけど「最高の判断」

       

      ――家業に入って最初に感じた課題は何ですか?

      売上の8割を占めていた卸の販売価格が安すぎたことです。斗六屋ではそれまで、作った甘納豆を缶や段ボールに詰めて、キログラム単位で問屋さんなどに売っていました。OEMなので、最終製品は相手先のブランドで売られます。観光地なんかで売られている値段を見ると、ものすごく高いわけですよ。

      でも当時の卸価格は1キログラム800~900円。「これは頑張っても豊かにならへん。未来はないな」と直感的に思いました。自分たちで小売をした方が、利益は残ります。そこで、市販のパッケージに甘納豆を詰め、地域で定期的に開かれるマルシェに出してみました。

      ただ、自分の中で品質に納得がいかなくてね。商品に自信がなくて、「試食どうですか?」と言いながら、自分は試食に手が伸びなかったのを覚えています。それまで僕が販売を、2人の伯父が製造を担っていました。マルシェに出れば売るしかないんですけど、「お砂糖まみれのお菓子を出すのはいいことなんかな」「甘納豆って必要とされてるんかな」という葛藤がありました。アクセルとブレーキを同時に踏んでいる感覚というか。あの時が一番苦しかったですね。「結局、自分は自分がいいと思うものしか売れへんし、そういうものを作らなあかんな」と思いました。

      ――それから製造も手がけるようになられたのでしょうか?

      はい。2017年から製造を始めました。ただ当時、先代(3代目の伯父)とは良好な関係ではありませんでした。僕が斗六屋に入った時、修業先だった「たねや」で当たり前だったことを、家業の現場をちゃんと知らないうちにぶつけてしまったので。包装紙も1枚もないし、あれもないこれもない、みたいなね。あれは失敗でした。

      そんな仲だったので作り方も教えてもらえるという感じじゃなくてね、見て学びました。先代が豆を炊く様子を見て、時間、温度、入れる塩や重曹の量などの記録を取りながら、試作を繰り返したんです。データを取って分析するのは、学生時代の経験が生きました。1年ぐらい経つと、それなりのものを作れるようになりましたね。補助金を活用してオリジナルのパッケージを作り、販売するようになりました。

       

      斗六豆(白花豆)を密漬けする様子。少しずつ砂糖を足して、糖度を高めていく

       

      ――課題だった卸価格は上がりましたか?

      値段交渉しましたが、思い通りに上がりませんでした。1キログラム当たり数十円上がったところで、生活は良くなりません。

      他の後継ぎ経営者との間でよく話題に上ることですが、「お付き合いの長さ」と「良い取引先であること」は必ずしも一致しません。逆に、付き合いの長い取引先の方が変えるのを理解してくれなかったり、変わってくれなかったりします。

      うちの場合、結果的に取引先の8割くらいが入れ替わりました。きっかけは2020年春以降のコロナ禍です。大きな卸し先だった百貨店が休業して、ある月の売上がゼロになったんです。その時は「これは本当にやばいな」と思いました。

      卸の仕事が消えたので、その時間を使ってネット通販を真剣にやりました。自宅用のお得なセットを作ったり、インスタグラムやフェイスブックで発信したり。すると、ネット通販の売上が10倍くらいに増えたんです。その手応えに加え、給付金で運転資金の見通しがついたこともあり、段階的に縮小してきた卸の仕事の9割をやめる決断をしました。

      ――売上の多くを占める仕事をやめることに迷いはありませんでしたか?

      正直、怖かったです。一番怖かったですね。でも今振り返ると「最高の判断やったな」と思います。というのは、卸をやめたことで小売を伸ばすことに集中できましたし、のちに発売する「加加阿(かかお)甘納豆」の開発にも時間を充てられたからです。加加阿甘納豆はその時点でプロトタイプが完成していて、「よそにない商品だし、結構ポテンシャルあるんちゃうか」と思っていました。

      何かをやめるって、すごく大事なことだと思っています。特に後継ぎ経営者の場合、「自分が始めたわけではないけど社内で長年続いてきた取り組み」というのがいろいろあるはずです。やめるまで怖いですが、やめた瞬間、人生変わるなって思いましたね。

       

      斗六屋店舗前に立つ近藤健史氏。2020年9月に4代目代表取締役に就いた

       

      甘納豆を見つめて気づいた
      市場が世界に広がる可能性

       

      ――今おっしゃった「加加阿甘納豆」は2020年12月に発売され、大ヒットしました。誕生の経緯を教えて下さい。

      家業に入って甘納豆と向き合う中で、「甘納豆にもいいところあるな」と思っていったんです。学生時代に目指していた研究者の世界では、論文を英語で書きますし、周りに留学生も大勢いたので海外の文化にも触れる機会が多かったですし、うちはアレルギー家系で、食べ物に気をつけている人を身近で見てきました。甘納豆は植物性なのでビーガンの人も食べられるし、大豆以外は目立ったアレルギーもありません。つまりは、世界中の人が食べられるお菓子のはずなんです。

      そこで2018年9月、イタリアのトリノで開かれたスローフードの世界大会に出ました。「海外で認められたら、日本の若い人にも興味を持ってもらえるんちゃうか」という安易な気持ちもありました。現地では、持ち込んだ伝統的な甘納豆を来場者に食べてもらったんです。でも、反応はいま一つでした。

      「条件的には食べられるはずや。どうやったら世界の人が食べてくれるんやろな」。そんなことを考えながらトリノの街を歩いていると、チョコレート屋さんが多いんです。「チョコは世界中で食べられている。原料のカカオ豆を甘納豆にしたらいけるかも」と思い、帰国後に開発を始めました。発売まで約2年かかりました。

       

      2020年12月に発売し、大ヒットした「加加阿甘納豆」。斗六屋の主力商品となり、SHUKAでも商品ラインナップの一角を占める

       

      ――カカオ豆を甘納豆にする発想がよく出てきましたね。

      僕はどうすれば甘納豆を今の時代に合わせられるかを考え続けてきました。いつも「なんかできひんか」と思っているわけです。カカオ豆と聞いたら「カカオ豆を甘納豆にするしかない」と思うわけですよ。僕の思考回路では。

      おかげさまでよく売れました。テレビで複数回取り上げていただき、一気に売上が伸びました。その後、斗六屋の売上の半分を、加加阿甘納豆が占めるまでになりました。

      発売時に議論になったのが、商品名に「甘納豆」をつけるかどうかです。例えば「カカオグラッセ」でもよかった。でも僕は「甘納豆というお菓子を広めたい」と思ったし、僕と会って初めて甘納豆を食べたという方もいらっしゃるし、甘納豆を前面に出すことが業界のためにもなると思っていました。

      ただ、加加阿甘納豆がヒットして感じたのは、甘納豆に対して多くの人が持つイメージが強すぎるということです。これを変える必要がある。甘納豆といえば、多くの方は「お年寄りが食べている」「砂糖がたくさんついている」といった連想をします。甘納豆と聞いただけで離れてしまうお客さんもいます。

      目指したいのは、甘納豆というお菓子や食文化を未来に残していくことです。そのためには甘納豆という名前にこだわらなくていいし、何かを根本的に変える必要があると思うようになりました。

      そこで2021年10月、「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げ、全国の工芸や食の事業者に対する経営コンサルティングでも有名な中川政七商店(奈良市)の13代目中川政七会長に相談に行ったんです。ここから新ブランド「SHUKA」が生まれていきます。

       

      シロップを切った後、斗六豆に和三盆を振りかける様子

       

      ※後編はこちら

       

      ■プロフィール

      近藤 健史(こんどう・たけし)

      有限会社斗六屋 4代目代表取締役

      1990年、京都市生まれ。京都大学大学院で微生物の研究をした後、2014年に菓子店「たねや」「クラブハリエ」を展開する「たねやグループ」に入社。2016年に家業である斗六屋に入り、2020年9月、4代目代表取締役に就任。2020年12月に発売した「加加阿(かかお)甘納豆」が大ヒット。2022年10月、種と糖だけで作る古くて新しいタイムレスな菓子ブランド「SHUKA」を立ち上げ。2022年9月に開かれた合同展示会「第9回 大日本市」では、来場者による応援投票で、70超の出展ブランド中、SHUKAが1位に選ばれた。

      SHUKA ※外部リンクに移動します

      斗六屋 ※外部リンクに移動します

       

      ■スタッフクレジット

      取材・文:朝日新聞社ツギノジダイ編集部

       

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      Published: 2022年12月21日

      Updated: 2023年10月18日

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