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銭湯経営、在り方を革新し続ける。「黄金湯」が目指す銭湯文化の未来―My Rules vol.2―

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コンデナスト・ジャパン
概要

世の中には無数の「Rule」が存在します。「Rule」には、普遍的なものもあれば、流動的なものもあります。「時代に合わなければ、変えればいい。まだなければ、つくればいい。」経営者やスタートアップ、スモールビジネスオーナーはそうして自らのビジョンを信じて前に進み続けています。本企画〈My Rules〉では、「進もう、自分のやり方で」と既存の概念にとらわれず、自由な発想・新しいやり方でビジネスを展開されている方々のインタビューをお届けします。

今回は銭湯の新しい在り方を生み出した、墨田区にある「黄金湯」と「大黒湯」を経営する新保卓也・朋子ご夫妻に、リニューアルに込めた思い、銭湯ビジネスをどうブレイクスルーさせたのか、そして二人が考える銭湯文化の未来まで、お話をうかがいました。

       

      信頼した仲間やたくさんの人に支えられ誕生した新生「黄金湯」

       

      2020年8月にリニューアルオープンした「黄金湯」

      2020年8月にリニューアルオープンした「黄金湯」

       

      ──まずは、新生「黄金湯」誕生の経緯を教えてください。

      新保朋子氏(以下朋子):実は、以前は別の方が経営されていたんですが、廃業されるということだったので、「黄金湯」を私たちで引き継がせてもらいました。「黄金湯」は私たちが経営している「大黒湯」から徒歩5分圏内の距離にあります。「黄金湯」は敷地があまり広くなく、木造の「大黒湯」と違いビル型で、老朽化も進んでいました。お客様の取り合いになってもしょうがないですし、銭湯に馴染みの薄い若い方々や海外のお客様にターゲットを絞った新しい銭湯を生み出そうと考えて、リニューアルすることにしたんです。

      ──リニューアルに際してクラウドファンディングも利用されていますが、何か意図があったのでしょうか。

      朋子:クラウドファンディングに関しては以前から興味はあったのですが、改修したいのは自分たちなのに支援をお願いするというのは“違う”、と思っていたので、当初は利用するつもりはなかったんです。ただ黄金湯の改装をスタートしたのが2020年2月で、途中でコロナ禍となってしまい、工事会社もスタッフ確保や資材が集まらず、工期も延びるといった経営的にも悩ましい事態が起きました。そんな中、もともと新しい顧客層に銭湯の魅力を伝えようと思って始めたプロジェクトですし、せっかくならリニューアルのプロセスも発信し、より銭湯の魅力を知っていただけたらなということで、クラウドファンディングに挑戦することにしました。300万円の目標金額に対し、開始して3、4日目で目標金額を達成し、最終的には目標金額の倍以上の650万円を1000人以上の方々からご支援いただくことができました。たくさんの方に支援いただけたことで、すごく勇気をもらえましたし、多くの方々に銭湯について知っていただくことができた有意義なチャレンジとなりました。

       

      「温度もデザインする」黄金湯。銭湯の本質を追求し生まれた新たなビジネスモデル

       

      「黄金湯」に併設されているサウナ。男湯では国産ビバ材と麦飯石を使用したオートロウリュサウナ、女湯では国産ヒノキを使用したセルフロウリュサウナを楽しめる

      「黄金湯」に併設されているサウナ。男湯では国産ビバ材と麦飯石を使用したオートロウリュサウナ、女湯では国産ヒノキを使用したセルフロウリュサウナを楽しめる

       

      ──「黄金湯」をリニューアルされた際のこだわりを教えてください。

      新保卓也氏(以下卓也):新しい銭湯の在り方を追求するということもあり、今までにはないアプローチでとの思いから、クリエイターの力をかりてプロジェクトを進めようと考えました。そこで、ロゴをはじめとするクリエイティブディレクションは、墨田区にスタジオを構えるアーティストの高橋理子(ひろこ)さんにお願いしました。実は同級生が知り合いで、「大黒湯」のこともご存知で、友人を介したお食事などから縁が始まりました。高橋さんと話を進めながら、建築・設計は、ブルーボトルコーヒーなども手掛けられている、スキーマ建築計画の長坂常さんにお願いすることになりました。

      また、「黄金湯」では、銭湯の新たなビジネスモデルを作っていきたいと思っておりましたので、銭湯の魅力をより感じていただけるような、今までにないような様々なサービスを検討しました。最終的には、 DJブースを備え、オリジナルのクラフトビールも提供できるひらけた番台や、銭湯の心ゆくまで満喫していただけるように、宿泊施設を作りました。最近では食堂もオープンし、銭湯ならではのオリジナルメニューを提供しています。自分たちが銭湯に来たとき、あったら嬉しいものを詰め込んだ施設が「黄金湯」です。入り口は480円ですが、銭湯を中心にしながら、お客様が喜んでくれるあらゆるものを提供したいなと思っています。

      朋子:スタッフにも伝えているんですが、私たちが考える銭湯の三大原則が「快適と清潔と適温」。この3つがすごく大切。温度も最適な状態を1℃単位で追求しています。“温度もデザイン”なんですよ。サウナもですが、湿度と温度、水風呂とのバランスが重要ですよね。若い方々に銭湯の魅力を知っていただこうと話を進めていた時、みんなからは「若い人は熱湯に入らないから、費用もかかるし、浴槽は減らした方がいい」と言われたんですが、私は熱湯にこだわったんです。それが銭湯の本質を追求する「黄金湯」の姿勢でもあると思ったので。結果的に利用する方も多いですし、温冷浴として使っていらっしゃる方もいますね。

      ──しつらえにこだわられているだけあって、アート好き、建築好きな人にもたまらないコラボレーションですね。

      朋子:高橋さん、長坂さんともにとても優れたクリエイターさんたちで、素晴らしいと思っています。これは、私の乗り越えないといけない、課題とも紐づいているのですが、実は、依頼するにあたり最初は葛藤がありました。主人の友人のご紹介ですし、優れたクリエイターさんたちなのは分かっていたのですが、私にとってクリエイターの方とコラボレーションすることがはじめてだったこともあり、配管のトラブルや水回り関係などでもし再工事になったらどうしようという心配な気持ちになったり、自分が大切にしたいことが実現できなかったらどうしようと勝手に不安になったりとで、信じて委ねるという一歩を踏み出すまでに時間がかかってしまいました。大きな金額での改修だったので、これで失敗したら一家が崩壊する、路頭に迷ってしまうという気持ちもなかなか拭えなくて。私はあまり人に任せるということが得意ではないんです…。でも何度も、何度も話し合っていくうちに、高橋さんも長坂さんも地元愛・銭湯愛がすごくある方だと分かりました。そして信頼しよう、と勇気を持って委ねることができました。時間がかかってしまったのでご迷惑をかけてしまったのですが、辛抱強く私の決意を待ってくださったことに本当に感謝しています。デザインが出てきたとき、素敵なだけではなく、いろいろなところに配慮があって、本当に真剣に、愛をもって考えていただけたのがわかりました。

      ──アナログレコードやクラフトビールなど、空間を構成する要素の1つとして様々なカルチャーが取り入れられていますが、取り入れる素材探しはどのようにされているのでしょうか。

      朋子:私たちはそこまで多趣味じゃないのと、あまり時間がないということもあり、スタッフの意見からインスピレーションを得る、というのがスタートです。そこからすごく深掘りしていくんです。店内でレコードを流すことを取り入れたのも、レコード好きのスタッフがいたからです。

      卓也:躊躇なく新しい視点を取り入れられることも含め、妻のセンスだなと思います。妻は自分の中にインプットしたことを元に、次はこれをやりたい、こうしたいとアイデアを出してくれるんです。それを会社として、みんなで形にしていっているという感じですね。

       

      10年前に突然はじまった銭湯経営、二人三脚で過酷な状況を乗り越える

       

      新保卓也・朋子ご夫妻

      新保卓也・朋子ご夫妻

       

      ──少しさかのぼって、お二人が、原点でもある「大黒湯」の銭湯経営をはじめられた経緯を教えてください。

      卓也:自分は「大黒湯」を経営する家族の次男として生まれました。「大黒湯」の経営を引き継ぐまでは、上場企業でOA機器の営業職を務め、その後27歳で独立してリサイクルショップを自身で経営していました。リサイクルショップは3年で3店舗まで拡大するなど順調でした。実は、妻ともそのリサイクルショップで出会ったんです。

      朋子:お義父さんが体調を崩し「大黒湯」は経営者不在となってしまったんです。当時、「大黒湯」を畳んでマンションにするという案も出ていたんですが、歴史ある「大黒湯」をマンションにはしたくなかった。なので夫婦で相談し、リサイクルショップを継続しながらも家業を手伝うことにしました。最初は掃除の手伝いなどが主だったのですが、次第にかかわる時間が長くなっていき、最終的に「大黒湯」を継ぐことを決意しました。

      継いでから2年くらいは、過酷な状況が続きました。例えば、浴場の清掃やお湯の温度調整とか、開店前からお客様を迎えるための「仕込み」という作業を行うのですが、そのような基本的なことさえも教えてくれる人もいませんでした。不慣れな環境ながら、なんとか2人で経営をしていきました。労働時間も、1日約15、6時間くらいになっていました。人を雇いたかったのですが、家族経営への想いが強いお義母さんを尊重し、お義母さんに1人前と認めてもらえるまでは、なんとか2人で頑張りました。2年間で信頼を勝ち得ることができたので、3年目からようやく人を雇い始めました。今は「黄金湯」「大黒湯」と合わせて、約50人規模にまでなりました。

      ──2014年に「大黒湯」をリニューアルされました。

      朋子:経営していく中で、何か特化したものがあった方がいいと思ったんです。使っている水が地下水だったので、まず温泉の申請を出してみました。そこから成分を調査したら見事に温泉というお墨付きをいただいたんです。でも温泉申請を出すことで、配管の太さをちょっと小さくしたり、工事が必要なってきて。そこでリニューアルを決意しました。

      卓也:大黒湯をやっていく合間で、色々な銭湯を見て回ったりしたんです。地域性や墨田区という土地柄を考えると、何がベストか模索していました。色々な銭湯を巡ったことで得た知識や経験を、「大黒湯」のリニューアルに活かしました。

      朋子:銭湯建築士に相談すると、全部壊した方がいいと薦められたんですが、レトロな「大黒湯」の風情を残したかったので外観はそのままに修繕し、薪を置くスペースに使っていた駐車場を、露天風呂に改築したりしました。このタイミングでオールナイトの営業にも踏み切り、営業時間を朝10時までとしました。お客様には好評でした。

       

      客観的な視点でビジネスをブレイクスルーする

       

      小さいお子様から熱湯好きの方まで、3つの温度を楽しめる黄金湯の浴場

      小さいお子様から熱湯好きの方まで、3つの温度を楽しめる黄金湯の浴場

       

      ──銭湯経営についてもお話を聞かせてください。銭湯の入浴料金は都道府県ごとに一律で定められています。個々で変えられない分、大変ではないしょうか。

      朋子:銭湯は1日あたり150人が平均の来客数と言われていて、1人480円(取材当時)で計算すると大体の売り上げが算出されます。15時から24時の9時間の営業スタイルが一般的で、それを時間に換算すると約8,000円。そこに人件費だけでなく、掃除や仕込みもあって、電気代やガス代もかかってくる。ガス代は昔に比べて2倍に跳ね上がっているので、1軒30万円だったとしたら、今は60万円です。私たちも1日150人からスタートしたので、最初の頃はほぼお給料がない形で働いていました。

      卓也:どこもそうだと思うんですが、今の労働基準法の範囲で働いていたら経営がまわせないんです。また家族経営が多いので、経営者の思いと努力で保っている部分が大きいです。おそらく、持ち家で家業だから家賃がかからないので、その分の経費がないことでなんとか食いつないでいるというのが、銭湯経営の現状だと思います。

      朋子:私は意義のあることに携わらせてもらっていると思って、銭湯経営と向き合っています。銭湯経営は代々受け継いでいくことが多いのと、家族経営にこだわる方が多いので、普通は銭湯経営に関わりたくても簡単に関われないものです。銭湯経営自体は民間の仕事ですが、社交場でもあるため公共性がある仕事とも言えます。私が携われているのは、主人が銭湯経営をしてきた家系だったおかげです。お金の苦労もあるし労働時間も長いですが、素敵な仕事だと思っています。お客様にも喜んでもらえるし、街にある大切な場所に関われることがすごくありがたいですね。

      ──お二人は会社勤めやリサイクルショップ経営という銭湯以外の経営のご経験をお持ちです。ご経験を活かせていると感じることはありますか。

      卓也:銭湯は代々受け継いでく経営スタイルが多いですが、別事業を経営していたこともあり、客観的に銭湯を見つめられる立場にいたし、経営の厳しさも知っていました。銭湯なりの頑張りはあると思いますが、違う角度から頑張れる要素が見える、というのは大きかったですね。接客ひとつとっても、多くの人が想像するような銭湯の接客ではなく、“お客様に対してどう接したらいいか”という感覚で向き合えました。そういう意味では大きな力になっていると感じますね。

      朋子:昔から「大黒湯」はあるのに、場所や存在を知らないという地元の方も多かったんです。なので、周知するのにSNSを活用しました。それをきっかけに、お客様が増えていきましたね。また23区で初めて、オールナイトの営業に踏み切りました。結果的に「大黒湯」で1日当たり700-1000人までお客様を伸ばすことができました。こういったアイデアをいいのではと思う感覚は、銭湯経営だけをしていたら持てなかった気がしています。

       

      銭湯を通じ世界へ、日本文化と“気持ちいい”カルチャーを広めていく

       

      「黄金湯」を象徴する大提灯が灯す番台バー。クラフトビールもここで飲める

      「黄金湯」を象徴する大提灯が灯す番台バー。クラフトビールもここで飲める

       

      ──これから挑戦されたいと思われていることはありますか。

      朋子:いずれは世界進出していきたいと考えています。「黄金湯」のような銭湯を海外で展開できたらと。日本の銭湯文化や気持ち良さをもっと広めていきたいです。またサウナブームの追い風も受けているので、それも活かしていきたいです。近いうちに「大黒湯」でもサウナをはじめたいですね。大変かもしれないのですが、クラフトビールも自社で醸造から取り扱えられたと考えています。

      卓也:銭湯の本質である“気持ちいい”は、海外の人にも共感してもらえると思っています。また「大黒湯」を周知させるためにやってきた活動は、きっと海外展開の際にも役に立つと感じています。銭湯を通じて日本文化を知ってもらいたいし、銭湯の大事な要素を広めていければ、みんなが幸せになれると信じています。

      ──最後に、経営者として活躍されている方や、これから起業される方へのアドバイス、メッセージをお願いします。

      卓也:1つのことに固執し過ぎると、なかなか売り上げやサービスそのものが伸びづらいんじゃないかと感じます。多角的な視点でビジネスを捉えることをしてみる。また自分ひとりの力に頼り過ぎないのも大切です。ひとりだと小さな力ですが、色々な人と組むことで新たな力を生んでいると強く思います。自分で言えば、妻がいて、従業員いて。みんながいることで、力が一緒になり、大きくなっていけているのではないかなと思っています。

      朋子:勇気を持って任せることですね。スタッフが増えれば、任せる領域も増えますし、新しい人とビジネスを始めれば、その人にも任せなくてはいけない。最初は葛藤すると思います。でも信じなくては前に進めません。私も「黄金湯」のときに学びました。勇気を出して信じることで次につながっていくはずです。

      私たちは夫婦で経営をしていますが、2人でやっているからこそ、今があると思っています。最も信頼できる人を見つけ、その信頼の輪を広げていく。これがビジネスをしていく上で重要なんだなと感じています。

       

      ■プロフィール

      新保卓也・朋子

      日本文化の息づくまちである墨田区にて約90年。地域の公衆衛生を守る「大黒湯」と「黄金湯」を営む新保家の3代目夫妻。日本特有の「銭湯文化」に対する深い愛情と、それを未来に繋いでいくという強い使命感を持つ。伝統を継承しながらも、これからの時代の新しいスタイルの銭湯を常に模索し、価値の創造に挑み続けている。

      黄金湯 ※外部リンクに移動します

      大黒湯 ※外部リンクに移動します

       

      ■スタッフクレジット

      取材・文・編集:井上峻(監修:コンデナスト・ジャパン)

      写真:高野ユリカ

       

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      Published: 2022年7月26日

      Updated: 2025年6月22日

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